2007年12月16日

不遇のままシニアになっちゃったちょび

ちょびが8歳までの8年間、執事はレッツエンジョイ学生生活!で遊び倒してたるんるん
社会人になって、連続勤務48日間という記録を残す程、働かされまくってた時代バッド(下向き矢印)
正直、ほとんどちょびと関わっていませんでした。ろくに記憶もないたらーっ(汗)
唯一の接点が病院。ちょびはケージが嫌いで車も嫌いで病院も嫌いなわんこだったので
(後にこれは単に慣れていなかったからだと判った)1人で病院に連れて行くのは
不可能だったので執事と家族の誰かの2人がかりで連れて行くしかなかったのです。

でも、病院に行っても、アナフィラキシーショックのあるちょびはいつも
ろくに見てはもらえず、なんか適当に薬だけもらうって程度でした。
何回かあった根尖性歯周炎による顔からの出血。(リンクを↓にスクロールすると
実例写真あり。ちょびの穴は2cm程で写真の半分位の大きさだった)
でも治療は消毒と止血剤と抗生物質の薬を貰うだけでした。
一度は夜7時頃に結構な量、出血して止まらなかったので病院に電話したんですが、留守電。
思い余った執事弟は直接連れて行って頼もうと言い出しました。
当時、通院してた病院は先生1人で自宅開業していたので。
行って、丁寧に御願いしたのですが、インターホンごしに奥様らしき女性の声で
「時間外の診察は一切していません。」と断られました。薬だけでもと食い下がったのですが、
それも無理でした。

ちょびを押さえつけ、圧迫止血をして、翌朝一番で連れて行ったのですが、
先生は昨夜のコトを一言も触れませんでした。そしていつもの薬だけだった。

今、思えば、このときに他の先生を探すべきだったんです。でも執事の近所には当時
「やか」が通っていた病院(ここでちょびはアナフィラキシーショックを起こした)と
夜間診察を断ったこの病院の2軒しかなかったのです。近所とは言っても
ちょびが歩いていける距離ではなかったし。車で10分って感じ。
車で何十分もかかる他の病院まで通院するなんて、無理って最初っから諦めてたし。
遠くてもちょびをちゃんと見てくれる先生を探そうとは全く思わなかった執事。
仕方ない・・・って思ってた。今も大きな後悔です。

ちなみに「やか」が通っていた&ちょびが通っていてアナフィラキシーショックを起こした病院は
人間より動物が好きなんだろうなぁな某有名お爺ちゃまが
これまた映画の主役まで務めちゃった某有名な愛犬の手術にわざわざ
北の国からお空を飛んで連れて来たというカリスマ獣医が院長な病院。しかーし、
その病院には若い研修医は溢れていたものの、カリスマな院長の姿は拝んだことは無かった。
立派なビルだしね。それ以来、執事はカリスマというものは近寄らないことに決めたのです。


その後、ちょびが8歳になった頃に執事は会社勤めを辞めて、自営業を始めました。
このことで時間の余裕もできてちょびと向き合うようになり始めました。
仕事で長期イギリスに行くことになり、それならついでにあたしも行きたいと執事母も
1週間ほど合流することになって、ちょびを預けなくちゃということになりました。
その頃は執事兄弟もレッツエンジョイ学生生活だったので。
以前に1度家族旅行の際に預けたことのあるちょびの母校?の警察犬訓練学校に久しぶりに
連絡するとなんと「シニア犬は環境変化で体調崩すし、慣れてないコは特に
お預かりは難しいんですよ。しかもワクチン未接種ではどこも預かってくれないと思いますよ」
ときっぱり拒否。執事、晴天の霹靂でしたあせあせ(飛び散る汗) 焦りました。
シニアってのも初耳だったし、ワクチン未接種だと預けられないのも知らなかった。。。
でもワクチンは打てないんだし、診断書とか出しても駄目ですか?と今思えば
馬鹿な質問した記憶があります。

既にチケットも手配していたので、こりゃヤバイと本気でちょびを
預かってもらえる所を探しました。
ペットホテルはワクチンで全滅。でもその過程で病院で預かってくれる場合があるという情報を
得ました。そこでタウンページ片手に近隣4市の病院をしらみつぶしに当たりました。
でも、みんな隔離室がないから無理という返事。
「シニアは環境変化が・・・」もかならず言われた。
もぅ、シニアだってのは判りましたからっむかっ(怒り)!!と怒鳴りたい気分でした。
そんななか唯一、「ワクチン未接種でも大丈夫ですよ。隔離室がありますから」という
当時の執事にとってはホントにホントにありがたかった、すがる藁を差し出して
くださったのが今のちょびの先生でしたぴかぴか(新しい) 
でも正直、今までの他での反応とあまりに違うので、半信半疑で、
(悪徳医者かも?!とも思った顔(汗))再度アトピーもあるし、
アナフィラキーショックもあるし、預けるのも6年ぶりでしかも2度目という事など
正直に申しました。
すると先生は「たしかにお預かりは負担がお互い大きいので、
事前に連れて来られますか?直接ちょびちゃんと会って、最終判断しましょう」と。
話した感じでは誠実さが伺われたので、執事は遥々車で30分かけて
ちょびを連れて行きました。
その場で、ワクチンよりアナフィラキシーショックより、
歯周病が大問題だと指摘されました。
このままじゃ、早々に内臓に細菌が回って致命傷になると。また歯の状態があまりに悪く、
ぐらぐらの歯が血管を傷つけて大出血してショック死の可能性もあると。
お預かりはもちろんしますが、その間に何かあった場合は処置をして良いという許可を
戴けますか?と。執事は寝耳に水なお言葉に、もちろん御願いしますと答えました。
あまりに今までの先生とは異なる診断ではありましたが、執事は逢ったばかりとはいえ
この先生の判断の方が正しいのでは?と思いました。仕方ないと諦めていたとはいえ、
やはり納得はいかず、ずっと不安だったから。
なので、今後通えば先生はちょびに服薬以外の治療をしてくれますか?と訪ねてみました。
「もちろんです!時間は掛かるけど、コンだけ悪化した歯でゴハンを
しっかり食べてるなんてちょびさんはやる気が半端じゃないコだと思いますよ!
出来る事はあります。ちゃんと治療すれば、まだまだ長生きできますよ!」と。
1週間預かってもらい、その後通院を始めました。預かりの間も先生自身が
いろいろと見てくださったのがお話から伺われて、執事は「私も頑張りますから、
何とかして下さい!!」と御願いしました。

その後、先生の指導のもと、執事とちょびはいろんな改善やら治療やらを続けてきました。
ダイエットも1年がかりで5キロ弱。脂肪だけを落として筋肉はつけるというやり方で。
麻酔はリスクを考えると踏み切れずにいて、先生の懸念していた大出血を実際に起こして
やっと11歳の時に決心して手術。アトピーは洗濯(シャンプーとも言う)は治療も兼ねて
早々にしてましたが、軽くなったとはいえ、完治するには数年かかったし。
その結果が今のちょび。先生の9年前の予言?通り、長生きしてます。
いまやちょびのキーワードの「やる気」も最初に口にしたのは先生でした。
ちょびのQOL(Quality of life 生活の質)は先生と会ってから飛躍的にUPしました。
執事が全く思っても見なかった事を、いつも先手先手でアドバイスを下さるお陰で、
相当早くから低反発マットも満喫し、ゴハンも柔らかくしてもらい、
冷暖房の恩恵にあずかり、カートに乗せてもらえたちょび。
そして最近やっと先生に追いついた執事。先を行き過ぎて(心配しすぎともいう顔(汗)
苦笑される様になってます。執事のどんどん増える“寝たきり介護知識”に
先生は“ちょびさんがなるかね?!”と。食べられなくなった時用に、
既に次々流動食の試食もしているのであせあせ(飛び散る汗)
そしてシリンジもスプーンもOKだった流動食も各種ストックしてるしたらーっ(汗)
ビビリです、はい。こぼしたご飯まで狙う今のちょびに必要なのか?という
先生の疑問も最もですふらふら

8歳まであまりに不遇だったちょびが待遇改善されて9年。やっと不遇の年月より
待遇改善されてからの年月の方が長くなりました。

執事がちゃんとしてればホントなら8歳までも辛い思いをせずに済んだことを思うと、
長さの問題ではないのですが、でもやっぱりちょっとほっとしていたりもする執事です。

クッキー.jpg
                        PHOTO by Shigeru Yuyama

今は先生からクッキー貰うのが何より楽しみなちょび。刻まれてるケド。
だって刻むの執事に教えた張本人は先生ですから!!
ちょび、先生からクッキーまるごと貰って丸呑みして、窒息しかかった経験があるんですたらーっ(汗)
「獣医が畜患を危険に晒した」と本気で先生から謝罪された執事。
でも悪いのはちょびですから顔(汗)

いまでは先生の顔を見るとペロペロしてるちょびです。最近はあまり待たせると、
興奮して脈拍が200に上がってしまうのであせあせ(飛び散る汗)、先生もさっさと
先にクッキーをやってからじっくり診察というパターンです。ご褒美、先に貰うなよ顔(汗)
ちなみにこのご褒美、他のコは貰えませんあせあせ(飛び散る汗)ちょびは患者の中でもほぼ
最古参の最長老の遠距離通院犬なので、先生なりのエールらしい顔(イヒヒ)
ちょびも貰えるようになったのは15歳過ぎてから。余生を送るわんのみの
お楽しみなのです。執事的には、他の飼い主さんの視線が痛いこともありますが顔(汗)
***********************************
にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ
その頃の執事とちょびに『どうみてもちょびに使われてる!
慕われてるとか甘えられてるのとは違うわ。きっとそのうちちょび
“執事、鼻かめっ!”って言い出すよ顔(イヒヒ)』と予言した親友。
予言見事的中!『執事』の名付け親はこの方。
この方、ちょびに初めて対面した時に『あっ!馬鹿犬だ!』とほざいた失敬な奴。
家族は『アイツに二度と家の敷居を跨がすな!!』と激怒顔(イヒヒ) でも今でも親友。
この方の意見は大抵正しいからね顔(汗)ぐぅの音も出ませんぜ、執事。
ニックネーム 執事 at 00:33| Comment(8) | TrackBack(0) | 生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月09日

ちょび放置な時代を過ごす 〜8歳までのちょび〜

ちょびが3歳の夏、執事一家は引越しをしました。
中庭に面した一角に物干し場と半畳ほどのサンルーム?!
(要は昔の縁側廊下部分を室内側庭側両方サッシにしたスタイル。)
があった家で、その半畳スペースにちょびは無事納まりました。
ここなら、サッシを開けて置けば、庭に出入り自由だし、冬はサッシ閉められるしね。

ガラス1枚でしたが、室内とは区切られ、室内に入れてもらえるのはごくたま〜になちょびでした。

執事母は庭弄りが好きなのですが、植えたばかりの苗をほられたり、
チッチされたり、食われたりは日常茶飯事だったので、よく朝っぱらから
ちょびを叱り飛ばす声だのちょびを相手にあーだこーだと話している声で
2Fの庭に面した部屋で寝ていた執事は目が覚めることがよくありました。

ある夏、暑かろうと思った執事はちょびにシャワーをしてやろうと思いつき、
庭のホースをちょびに向け、ハンドルを握るとジェットな水流がちょびを直撃がく〜(落胆した顔)
いつもノズルはシャワーになってると思いこんでいた執事。
ちょびはマジでビビッており、(結構な水圧だったと思う)散々謝ったのですが、
執事は嫌われました。
その後誰かがホースを手に取る度に、ダッシュで逃げるようになりましたふらふら
トラウマを作ったのはまぎれもなく執事です。ごめんね、ちょび。
悪気はなかったんだよぉ。

この頃は夏の炎天下でもなぜか日向でごろんと寝ておりました。ちゃんと日陰があってもね。

寝床だって、そこらにある座布団のお下がりとかだったし。ペットベッドなんてそこらには
売ってなかった時代。仕方なく、L.L Beanの海外通販でクリスマスに奮発して
ネーム入りのペットベッドを購入したのを覚えています。
チッチ・うんちは庭で勝手にしてました。庭はタイル貼りだったので
ホースで流せば完了の楽チン仕様だったしね。

ご飯もドライフードをばらばらって袋から直で目分量で食器に入れてた。
おやつもやらんかったし。庭で歩いてるからよかろうと散歩もサボりがちだったしね。
お陰で13kgまで太って、針で突いたらピューって飛ぶんじゃね?!って位
ぱつんぱつんな体型でした。
この頃、洗うとなぜか全身真っ赤になって痒がり、血が出るまで掻き続けるので
病院に行ったところ、アレルギーでしょうと言われ、お外犬なら洗わないでよろしいとのことで
以後洗濯はしないことになったちょびは大変臭い犬となり、益々室内には
入れてもらえなくなりました。その後、8歳まで1回しか洗いませんでしたたらーっ(汗)

でも執事弟だけは家族が寝静まった夜中に臭いちょびと一緒に寝転がって、
TVを観ているうちに寝てしまうらしく、朝マグロな1人と1匹が床に
転がってる光景をよく目にしました。
しっかり反抗期だった弟はその頃家族とはろくに口も聞かず、自分の部屋に籠るか
外出してばかりだったのですが、ちょびだけは特別でした。
散歩もよく行ってたなぁ、弟と。

弟.JPG
            弟にだけはお腹を見せてたちょび


そう、ある時弟が“散歩を頼む”と執事に言い残し出かけたのですが、面倒だった執事が
さぼった所、帰宅した弟にしっかり確認され“行ったことにしといてよ”と答えた執事は
殴りかかられたことがありました顔(汗) 当時は“なんで犬ごときで殴られるんじゃ!!”と
思ってましたが、あの時、弟が“ちょびは行きたくても自分じゃ行けないんだぞっ!!!”と
本気で怒っていたのが今はよく分かります。殴られて当然です。
この時期、執事は全くちょびの事なんて構ってませんでした。いるってだけの犬でした。
弟が面倒見てくれていたから、ちょびはグレずに今があるのだと思います。
殴られた後、ちゃんと謝らなかったし、その後も8歳までろくにちょびの相手を
しなかった執事ですが、今、ちょびと暮らしながら、ちょびにも弟にも
「ごめんね、ありがとうね」と心から思っています。
先日、数年ぶりに弟がちょびに会いに来てくれました。でも大好きだった
弟の胡坐に伏せすることは、足の関節が固まってしまったちょびにはもう出来ませんでした。
それでも弟をずっと舐めていたちょび。よかったね。誰より好きだったお兄ちゃんと
会えて。。。

で、この頃ワクチンかアレルギーかで病院に行き、注射をした直後、痙攣を起こし、
嘔吐したちょびはアナフィラキーショックと言われ、以後投薬以外の治療は出来ませんと
宣言されました。ワクチンも駄目、当然ながら歯石除去の麻酔も拒否され、
歯石がたまりまくってひどい口臭だったちょびはその後、鼻と目の間、
マズルの上が腫れて、鹿のような顔になることがたびたびありました。
抗生剤を処方され飲むと収まるの繰り返しをしていたある日、腫れていた部分が
破れて出血しました。朝みたら顔が血だらけになってました。
この時も、消毒と抗生剤・化膿止めの処方のみでした。
腫れては引き、出血しては引きを繰り返しながら、いつのまにか出血することは
なくなり、ちょびは8歳になりました。

***********************************
にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ無理やり8歳にしちゃった執事。
だって記憶がないんですもん顔(汗)執事が“飼育責任者”に就任したのが8歳なのでGood
8歳以降はバッチリです♪←遅いって顔(汗)
ニックネーム 執事 at 01:20| Comment(24) | TrackBack(0) | 生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

ちょび番犬にならず 〜3歳までのちょび〜

ちょびは庭の元ガレージだった屋根付き部分を柵で囲い、その中の犬小屋で生活を始めました。

毎朝、毎夕、新聞配達の犬大好きおじちゃんに可愛がられ、誰かが来ると構ってもらえる!と
学びましたたらーっ(汗) 元々、非常に人懐っこい性格のビーグルですが、
初対面の人にも尻尾を振るのは犬としてどうなんだ?!と思っておりました。
この頃、ちょびの柵の前に日参する猫がおりまして、またその猫が実に優雅に
尻尾を右に左に振ってみたりなどして、散々ちょびをからかっておりました。
さすがのちょびも吠えておりましたが、気にも留めず
“来られないのは先刻承知よ!”な勢いのなかなかいい性格の猫で・・・。

そんなある日、執事母は何を思ったか、その猫が来たのを見てちょびを解放しやがりましたダッシュ(走り出すさま)
さすがの猫もびびったのでしょう。一目散に逃げ出し、そしてそれを追って
ちょびも全速力で逃げ出し・・・。
執事母の『ちょびぃ〜っ!!!帰ってらっしゃいっ!!!』の怒声に執事弟と執事は
あせって家を飛び出しました。執事はしっかりおやつを手にして。相当離れた所で、
執事のおやつに気をとられた一瞬を狙い、見事執事弟が体ごとタックルで捕獲成功。
全員(ちょびもね)汗だくでございました。
執事母の言い分は『毎日コケにされて、あまりにもかわいそうだったからおもわず・・・ね。
だってまさか追いかけるとは思わなかったんだもの』ってお母様、
ちょびは一応ウサギ狩り犬の血を引く猟犬でごさいますが・・・たらーっ(汗)

それを聞いた当時バリバリ反抗期だった執事弟は『今度やったらコロす!』と一喝しておりました。

ー仔犬の時のお風呂事件といい、この解放事件といい、執事母は悪気はないのですが、
なかなかぶっ飛んだ事をなさる方でして、老犬を置いて行くにはちと不安だった執事は
とうとう連れて来ちゃったワケですGood

この頃、ちょびは最初の病気をしました。
朝、ご飯をやったが食べないがく〜(落胆した顔)。初めての事に焦って抱こうとしたら
ぎゃんっ!と聞いた事がない大声の悲鳴を上げました。
ヤバイ、なんだかわからんがとにかく重症だ!と即、病院へ。
 診断結果は『椎間板ヘルニア』 レントゲンでココですって言われた程、進んでました。
ジャンプさせてるでしょう?と問われ、ひらめき 心当たりがバッチリ。

ちょびさん、柵から出ようとピョンピョン日々たゆまぬ努力を続け、
成長とともに見事成功exclamation×2
しか〜し途端、もっと高い柵に入れられ、新たな目標を見つけたちょびは
俄然やる気!で、今度ばかりはどう頑張っても絶対無理な高さを飛び越えるべく
(こっちもそうそう甘くはない!)更なる努力を、日々続けていました。
『バカだねぇ〜』『いつ、己の限界に気付くんだろうねぇ?』
『いや、もしかしたらいつか越えたりするんじゃね?!』などと
呑気に眺めていた執事家一同たらーっ(汗)
即刻、蓋をするよう怒られましたあせあせ(飛び散る汗)

事ほど左様に何も知らずに、ちょびを飼っていたお外時代。
しかもほぼ放置だったので、ご飯をどうやってあげてたかとか
細かい事は全く記憶にない。
執事がちょびを構ってなかったっていうのもあるケド。
ただ、当時運転免許を取ったばかりだった執事が病院運搬係で、
その度に車にチチられて、ブチ切れした記憶だけは残ってますダッシュ(走り出すさま)

ちょびは放置されつつも、元気に3歳までお外で暮らしていました。
ひらめきあっ、でも夜は玄関のケージにいれてたのかも?!
ヘルニア発見した時、玄関のケージから出そうとして鳴かれた記憶が
甦ってきたぞあせあせ(飛び散る汗)

なにしろ15年も前なんで・・・たらーっ(汗)

頑張って遠い記憶を掘り返し、次のちょび引っ越すの巻を・・・。
10年位前の事からはなんとかなると思います、たぶん。
事件続発だったし。

********************************
にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ まだ室内犬までの道は遠いです・・・。
遠い記憶を掘り返す作業にちょっと脳が疲れてきた執事顔(汗)
ニックネーム 執事 at 00:23| Comment(13) | TrackBack(0) | 生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

そしてちょびがやってきた

前回の続き。
ブリーダーさんの所から我が家までの1時間弱、ちょびはずっと執事妹の手を
ガジガジ噛み続けていたそうで、しょっぱなから不安要素大な犬でした。
ブリーダーさんから色々指導を受けたらしい、執事母・妹は早速ケージに入れて、
遊ぶ時だけ出すという決まりを作りました。でも、仔犬のあまりの可愛さに
執事母はあっさりこの決まりを破って、秘かに出しては遊んでいたようです。
冬には寒かろうとケージに行火(あんか)を入れてやったり
(当時はペット用ホットカーペットなどという便利なものは少なくとも
執事の周りでは売っていなかった)
それにも飽き足らずこたつに入れてやったり
(こたつは当時ちょびのお気に入りでした。でも臭くなるのが勘弁だったたらーっ(汗)
で家中連れて回っていました。
そんなある日、帰宅した執事はちょびのお腹があり得ない程
ぽんぽこりんに膨らんでいるのに仰天がく〜(落胆した顔)
聞けば、お風呂掃除に連れていったら邪魔をするので、洗面器にお水を入れ、
『これでも飲んどけ』とそのまま掃除をしていたら、ほとんど飲んじゃったそうでもうやだ〜(悲しい顔)
その夜ちょびがチッチしまくったのは言うまでもなく・・・。

ちょびは全く吠えない仔で、半年程は1度もその声を聞いたことがありませんでした。
ただ、やんちゃぶりはビーグルのご他聞にもれず、障子に鼻を付けて小さな穴が
開いたと思ったら、翌日には顔を突っ込み穴は拡大、
さらにその翌日にはその穴からジャンプで出てくる始末がく〜(落胆した顔)
正に目が点、手が付けられない状態でした。
障子.JPEG


そこで、執事母は一大決心をし、なんと警察犬訓練学校にちょびを入れることに。
当時はしつけ教室なんてものはなく、でも警察犬って、どうよ?!
母は子供の頃に警察犬OBのシェパードと暮らしていたので、その影響かと・・・あせあせ(飛び散る汗)
勿論、警察犬にするのではなく(それは不可能だ)最低限のしつけをしてもらう為。
3ヶ月、ちょびはずらっと並んだシェパートのケージの上にぽつんと
置かれたちいさなケージで暮らし
(なかなか笑える光景だった。残念ながら写真ないけど)

下面会に行った時の散歩風景たらーっ(汗)
カメラに飛びつこうとしてるし。執事弟、あわっ!なカンジ。
訓練学校時代.JPG

シェパードの先頭切って、散歩を楽しみ、それなりにおりこうになって帰ってきました。
訓練士さんの『もともとしつけの入りにくい犬種ですが、なにしろちょびちゃんは頑固ですね』
の言葉とともに。
おすわり・ふせ・まて・つけを一応できるようにはなりましたが、
完璧とはほど遠く、申し訳なく思ったらしい訓練士さんは引き取りの際に
警察犬のデモンストレーションを見せてくれました。
そりゃぁ、すばらしく賢いシェパードさんでした。あまりの落差に余計凹みましたもうやだ〜(悲しい顔)

自宅に帰っても訓練を続けるようにとしつこく言われたにも関わらずその後、
一番危なっかしかった『つけ』はきれいさっぱり忘れ去り、おすわり・まて・ふせは
嫌々ながらなら、なんとか出来ます状態になってしまいました。
食べ物を目の前にすると完璧に出来てましたので、要は飼い主である執事一家が
舐められてた証拠だと思います。今思えば、なんてもったいない事をしたんだろうと思います。
ちゃんと向き合うべきだったのに・・・。

追記:17年前の家庭犬の訓練では、『問題行動』のある大型犬を矯正するというのが主流でした。ちょびはなにしろ独立独歩・唯我独尊で全くいう事を聞かないコだったので、(舐めた態度を取っていた。執事一家が舐められて当然の一家だったというのもあるが)将来を考えると、いくら中型犬といえども、人様に飛び掛るなどということがあってはならない(運動能力は相当高い犬種ですし)という思いから訓練に出しました。また当時は飼い主が一緒にトレーニングを受けるという現在主流のスタイルではなく、むしろ最初の1ヶ月は面会禁止、その後も面会は1月1回のみと言い渡されました。その辺りの訓練の常識は現在とは相当異なるものであったということを追記しておきます。

********************************
にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へしつけをするのに最適という1歳までの可愛い盛りに
3ヶ月も預けて、大枚はたいて訓練したのに、コレかよバッド(下向き矢印)って
その後、散々笑われた執事一家たらーっ(汗)しょうもない。。。
ニックネーム 執事 at 00:30| Comment(19) | TrackBack(0) | 生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

ちょびがやってくるまで

プロフィールにはちょび以外メダカくらいしか飼った経験がないと書いてた執事。
でも本当は数日だけ犬を飼ったことがあります。
名前は『やかちゃん』。雌のビーグル犬でした。

当時、家に出入りしていたあるおじさんが息子が海外留学してしまった寂しさから
犬を飼い始めたと。ビーグル犬の雄で、
『毎朝散歩の催促されて、健康にいい』とか『犬と一緒に暮らすとこんだけ楽しい』とか
もう、山ほど犬自慢を聞かされました。で、実にうらやましくなった執事と家族は
おじさんの家に見に行くことに。妙にスリムなビーグルの仔犬がおりました。
遊び倒して帰って来ました顔(笑)
(でも帰り道、『仔犬は丸々しているほうがよい』という意見の一致をみましたあせあせ(飛び散る汗)

私達が可愛がっている様子を見たおじさんはちょうど受験生だった執事に
『合格したらビーグルをプレゼントするよ!』と。
執事は話半分に聞いていました。可愛かったけど、飼いたいまでは正直思ってなかったし顔(汗)

で無事合格した3月。いきなりおじさんから電話が。
『かわいいビーグルをブリーダーさんから手に入れた。初めてで慣れないだろうから
ある程度家で慣らしたら連れていくから。
あと雄はやんちゃだから雌にしたから安心して可愛がれるよ!』と。
えぇ〜???マジですか?!

執事父は真剣に動物が嫌い。でその母である執事祖母はもう目の敵って位、
動物が嫌いでした。なので、執事家では長らく動物は飼えなかったのです。
でもその前年、執事祖母は亡くなったので、まぁ、確かに執事父を説得すれば
やっと動物を飼えるチャンスではありました。
そんな事情も知っていたおじさんはプレゼントなら執事父も『駄目』とは言わないと
踏んでいたと思います。
突然で、しかも事後承諾で、びっくり!!ではありましたががく〜(落胆した顔)
結構嬉しかったりしておりました。
執事弟は動物大好きだし、執事母は小さい頃から犬や猫と暮らしていたので、
家族的にはそんなに不安はなかったのです。
みんなでやいのやいのと名前を『やか』に決め、来る日を楽しみにしていました。
この『やか』という名前は『番ねずみのやかちゃん』というイギリスの昔話から
立派な番犬になるようにと名づけたものです。

しばらく経ったある日、また突然おじさんから電話で
『週末に届けます。あまり大きくなっちゃうと可愛いのが楽しめないから』と。
でいきなり餌1袋と一緒に『やか』は我が家にやって来ました。
毎日ぎゃんぎゃん吠えていたのだけを覚えています。

執事は旅行にいく予定が前々から入っていた為、『やか』を残して数日後から出かけました。
そして、旅行先で『やか』が下痢をしていること、ご飯も食べないこと、
病院で寄生虫によるもので駄目かもと言われたことを知りました。
急いで予定を切り上げて帰宅しましたが、帰って来た時には
『やか』は冷たくなって、硬くなって、お花に囲まれて箱に入れられていました。
執事は『自分が戴いた犬なのになんて無責任なことを
してしまったのだろう』と本気で後悔しました。
徹夜で看病した妹と母の『ホントに苦しそうでかわいそうだった』
という言葉に何も言えませんでした。
『何もしてやれなかった』とぽそっと呟いた妹の姿を今でも思い出します。
知らせを聞いたおじさんは『家の責任だからこちらで引き取る』と
その日のうちに『やか』を連れて帰りました。
だから執事は『やか』をどうやって送って下さったのか知りません。
後で、『ちゃんとおくりましたから』と聞いただけです。

その後、あまりにも短かった『やか』との生活が忘れられなかった妹と弟は、
『もう一度飼いたい!』と。2人は『もう、こりごりだ』という父を説得して、
『やか』と同じビーグルを探し始めました。
偶然母が友人の近所のブリーダーさんの所で夏に出産予定があると聞きつけ、
3人はそれは楽しみにしていました。
でも執事は『やか』の事があり、飼いたいとも言えなかったし、
いまひとつ一緒に盛り上がれませんでした。
生まれたとの知らせに見に行こうと張り切っている3人に『私はいいや』と言ったほど。
執事の犬は『やか』で、その『やか』をほって置いて死なせてしまった執事は
生き物を飼う資格はないと思っていました。

そして『やか』が逝ってから約半年後、道中、
妹の手をガジガジ噛み続けながら『ちょび』が我が家にやって来ました。


本当に1週間にも満たない時間だったので『やか』の写真はありません。
顔もぼんやりとしか浮かばない・・・。

下これはちょび。
親父.JPG
現在に至るまで全くちょびに無関心な執事父の意外な1コマ発見!!
モザイクかけるのもったいないほどのデレデレ顔してるしあせあせ(飛び散る汗)
こんな時もあったんだね。。。しみじみ。
ちょびの耳も黒いしね。。。しみじみ。しみじみ。

********************************
にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ 『ぶっとい脚は大きくなる証』by公輝(通称ハムテル)
大きくはならなかったけど、丈夫に育ったね、ちょび。
なんやかやと病院にすっ飛んでってた執事ダケド、先日先生にしみじみ
『おおきな病気もせずによくここまで来たねぇ』と言われて『そうなんだ』と
始めて知った次第です。それなりに(ヘルニアやら根尖歯周炎やら熱射病やら)
病気はしたケド、ちゃんと見事あっさり回復したもんね♪丈夫だわ、やっぱり。
ニックネーム 執事 at 14:19| Comment(12) | TrackBack(0) | 生い立ち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする