2008年03月17日

神様との綱引き

このブログを始めて8ヶ月。
執事の心境は大分変わってきました。

始めた頃は、『喧嘩売ってでも、暴れてでもアタシはちょびを渡さないっ!!!』と
相当鼻息荒く、意気込んでいました。
相手はとりあえず分りやすく一般的に言うなら『神様』に。

実は執事、『神様』を信じていません。カタカナ名前の方々も漢字名前の方々も。
でも神様という形は成さずとも、人にはどうすることも出来ない超越した『ナニカ』は
確実にあると思っております。
その『ナニカ』を人が形にしたものが神様なのかなぁと思っているんです。

人にはどうすることも出来ない事が一杯ある一方、
奇跡って言われる信じがたい様な事もあったりしますよね。
常識ではあり得んだろうっていう。

だからこそ、人は『神様』っていう形を作り上げたのだと思うんです。

どうあっても人である自分には抗えない事やモノや摂理は
歴然と存在するのだと執事は思っとります。

それでも、そんなモン蹴散らかす!という傲慢さも、
やってみなくちゃわからんだろうという意固地さも持ち合わせている執事。

なぜに?といえば、やっぱり奇跡って待ってて自然に降ってくる確率は低いと思うから顔(イヒヒ)
だって、祈ったり、賽銭はずんだりしただけで叶うって事は少なくとも執事は経験ないしダッシュ(走り出すさま)
あと執事は基本、穏やかに待つというタイプではないから顔(イヒヒ)
瞬間湯沸かし器だし、やたら考えるけど、同時に体も動かすタイプ。

やっぱり『ナニカ』を引き寄せるにはやらねば駄目っしょ?と思うわけです。
勿論、やっても結構な確率で思い通りにはならない事の方が多いんだけどねバッド(下向き矢印)
でも綱引きせずには始まらない!し、やるからには力一杯、引っ張ろうじゃないの!!と
思っておりました。


そんな執事が少しずつ、今の穏やかな流れを受け入れて、
無理やりに、意固地に、なんとしてもって気持ちから
開放された大きなきっかけはあやぽんさんとの出会いでした。

犬の視点で、人としていかに寄り添うか。
その限りない優しさに溢れる日々を見せていただきました。

抗うのではなく、闘うのではなく、共に過ごすこと

そのことを教えてくれた、あやぽんさんとミカわんの姿でした。


ちょびが持って生まれた『ナニカ』の法則に従って、自然の摂理の流れの中で
過ごすために執事はなにができるのだろうと自分に問いかけるきっかけでした。


なんとしてでも渡さんとは言えないんだなぁって思ったんです。
いつかは渡さねばならないんだなぁって分ったんです。
そのいつかはかならず来るって分ったら、その時まで綱を無理やり、強引に、
執事の気持ちだけで引っ張る努力より今を精一杯愛しもうと思ったんです。
ちょびがなにを思うのか?って考えるようになったんです。

生きるってことは綱引きばかりじゃないんだなぁって思えたんです。


穏やかに眠る.jpg


穏やかに流れるこの時間を手に入れられたのはあやぽんさんとミカわんのお陰なんだ。


どれだけ励まされたかしれないブログの最後の更新は
やっぱり変わらぬ溢れる優しさに満ちていて。


あやぽんさん、心からありがとう。
戴いた沢山の気持ちに感謝を。

ミカわん、あなたのママは本当に素敵な人だね。
そんな素敵な人が23年見守ったあなたは
とっても素敵な命だったんだよね。
命ってすごいもんだと淡々と直向に生きたあなたが教えてくれました。
ずっといてくれるような錯覚を覚えるほどのあなたの姿は
まさに『ナニカ』が起こした奇跡のようで、
でもその『奇跡』はまぎれもなくあやぽんさんのひたむきなサポートが
引き寄せたものだったんだよね。

『ナニカ』の流れを全うしたミカわん。


先を行く先輩がいなくなってしまった大きな喪失感と戴いた沢山のエールを胸に
遠くの空の下、ちょびと共にお見送りします。

どうか安らかに。

ニックネーム 執事 at 02:20 | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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