2012年03月31日

巡ってきた

風が変わったと感じた今日。
あの日と同じ風を感じた今日。


実はちょびをお空に送った日に、執事はちょびと主治医と看護師さんとお花見をしました。

大発作の後、運び込んだ病院で半日以上、意識が戻ることなく手術台の上で横たわる
ちょびの傍らで時を過ごしました。


考えられるあらゆる手を施して下さった主治医。
ですが、その甲斐なく、反応は戻っては来ず、どんどん悪化してゆきました。

尽くせる手が無くなった時に、主治医が、“外に行こう!”と。

病院の目の前の小さな公園は桜が満開でした。

ちょびは酸素マスクが外せない状態。
心拍もかなり不安定な状態でした。


そりゃ、ちょっと無茶なんじゃ・・・と戸惑う執事と執事母をそのままに、
主治医はさっさと看護師さんに指示を出し、酸素ボンベを用意させ、
“ずっとここにいたら、息詰まっちゃうでしょ?ちょびちゃんも”と。
“さっ!付いて行くから、大丈夫だから行こう!”と。

丁度午後の休憩時間が終る少し前の事。

持参したベッドに寝かせたちょびを執事が抱えて、
点滴バッグと酸素ボンベを下げた看護師さんを従え、
酸素マスクをあてがう主治医とともに。


言葉に出来ない時間でした。今なおあの時の感情は言葉では言えない。

恐ろしく果てしなく悲しく、
でも、どこかで、あぁ逝くんだなって分かった
そんな時間でした。


ずっとずっと、お花見できたら・・・と言い続けていた執事と主治医。
だからこその時間でした。

泣き笑いで、どうしたらいいんだか分からない、
でも、でも、とてもとてもある意味幸せな時間でした。

自分に言い聞かせるように、よかったね、きれいだねって
それだけをちょびに話しかけました。


自分に踏ん切りをつけるために、自らの決断でちょびを送るために、必要な時間でした。
あのお花見があったから、執事はちょびを送ってやることが出来たと今想っています。


思い出すと、やっぱり今でもダダ泣きなオモイデですが、
でも、やっぱり、あの時間過ごせたことは本当にありがたかったなぁと思います。


そういう時間を作ってくれた、主治医を持てた幸せと幸運を心から感謝しています。




喪失という傷みに寄り添うこと。

この1年、
千年に1度とまで言われる大きな喪失を抱えた土地に足を運び、
自分にあまりに足らぬものを1年経ってやっとやっと少し気付いた今、
その形は様々ですが、自分なりにもう1度、考えてみたいと思っています。



もうすぐ、あの桜も薄紅色に。
逢いに行きます。
また見上げてきます。

まだまだ胸は張れないけれど、でも、
執事は元気だよって伝えてきます。


また、今年もちょびの季節が巡ってきました。
ニックネーム 執事 at 06:29| Comment(4) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする