2009年04月13日

心に刺さったとげ

ちょびが旅立つ2日前に恒例の20項目外注血液検査をしていた執事。
そう、お馴染みの“朝一、ご飯抜きの血抜き”っす。

その結果を見ることなく、逝ったちょびでした。

最後、ちょびは腎臓が全く機能せず、おしっこが作れない状態に陥りました。
これが致命傷でした。
その原因となったのは、40分にも及ぶ、脳痙攣の発作でした。
痙攣止めを最大量使用しても、まったく歯が立たなかった大発作の結果でした。
心臓と腎臓にもう手の施しようがないダメージを与えました。


失った後、もしかしたら、腎臓が弱っていたことに、
執事が気付いてやれてなかったのではないか?という想いをずっと拭えずにいた執事でした。
数日前から、1日のちっこの回数が日に12・3回から10回ほどに減っていたから
血液検査をしたのですが、時間のかかる外注ではなく、即結果のわかる院内検査に
すべきだったのではないか?と、そうすれば、その場で処置ができたかもしれないと。


先日、樸(あらき)を連れての初通院の際に、このとげと向き合うべく、
検査結果を戴きたいと申し出ました。
とげが刺さったままより、事実と向き合おうと思ったから。
“地雷は自ら踏むものなり”が、執事の信念だから(苦笑)



結果は肝臓値はすべて悪化していましたが、その数値で即、命を落とすというレベルではなく、
BUNもここ数か月変わらずの数値。
立派に命に関わるレベルの異常値ですが、その数値でちょびはすでに半年近く
頑張っていました。嘔吐もなく、食欲も廃絶してもおかしくはないレベルなのに、
それでも、食べてくれてたちょびでした。執事が出来る最大限のサポートとして
補液と活性炭を続けていました。せめて活性炭の使用による下痢や便秘がないように
活性炭の種類もその時の体調に合わせつつ、最大限のQOLの維持を目指して。
Creに至ってはギチで正常値だった前回より好転し、しっかり正常値でした。
生化学も異常なし、電解質も異常なし。
生化学と電解質はずっと単項目の単発の些細な上下は発作後などにはありましたが、
日常的には正常値を最後までずーっと維持し続けていたちょびです。


いつものちょび正常値という結果でした。
もしも、この結果があの日の前に手元に来ていたとしても、何かを変えることなく、
そのまま見守ったと言い切れる、そんな結果でした。



・・・・・とげが一つ、抜けた。




でも、新たに刺さったとげもありました。

ちょびが旅立ったことをお伝えする中で、その言葉はちょっとキツイです・・・という
数々の言葉も受け取りました。

“笑っていられるなんて、凄いわね”
“私なんて、もう泣いてばかりだったのに”
“こんだけ元気なら心配ないわね”
“大往生だから、悔いないわよね”
“ここまで生きれば、おめでたい”
“もう次のコ、飼えるなんて、尊敬するわ”
“我が子が逝っても、保護活動してるなんて凄いわね”


・・・・・。


笑わずに泣いていたらいいんでしょうか?

泣いて籠っていることで、何かがかわるんでしょうか?
しかも執事は1人暮らしです。
籠ろうと思えば、果てしなーく引き籠れる環境です。

ちょびの後でも追えばいいんでしょうか?
追ってやりたいと思えるほど、奴は執事の相棒でしたよ。

大往生だって、悔いは数限りなくあるんです。
どうしようもなく、どうにもならない想いはとめどなく溢れているんです。

何年生きようと、旅立った命にいっくらなんでもおめでとうはないでしょう・・・。
それはあまりにあまりだよ。

ちょびの代わりに飼った訳じゃございません。ケアが必要な命なのに、
そのケアが出来る人が傍らにいない樸(あらき)なんです。
人どころか、安住の場所すら持ってはいない樸(あらき)なんです。

緊急の避難場所としてせめてとお預かりしただけです。
別に保護活動なんてしちゃいません。
どうしようもなく、なんとかしたくなっちゃっただけです。
保護活動と名乗るならば、預かりでなく、真の家族が見つけるところまで
責任持たねばならないのですから。
見つかった家族が最後まで樸(あらき)と向き合って下さることを
見守らねばならないのですから。
そこまでの責任負って関わらなくては成り立たないのが保護活動だと執事は考えています。

ちょびがいたとしても、きっと、預かりは申し出たと思います。
普通に飼うというレベルでは対応できないと最初っからかなり手厚い医療措置が
必要かも?と懸念されていたコ達でしたから。
ちょびがいても、その中から、最も手が必要なコをお預かりするつもりでいた執事です。
最も治療に手がかかるコをたとえ数日だったとしてもお預かりするつもりでいた執事です。
そもそも最初から、ずっとこのコ達のことは見守っていましたし。
もし、自分が役立てることがあるならとお伝えしていましたし。




数々の言葉のとげは刺さったままです。




流すしかない。


立派なアラフォー、そう思っています。
わかっています。



でも、それでも、崩れ落ちそうになるとげが刺さります。

だから、籠っているほうがいいのかしら?
籠って泣いていれば、声のかけようもないものね(苦笑)
涙は最大の拒絶で、自己防衛だったりするし。



それでも、やっぱり、執事は嫌だわ。
籠って泣いている自分ではありたくない。


とげがぐっさぐっさと刺さっても、それでも・・・と思う。

だって、刺さったとげから流れる血を拭ってくれる、
暖かな、優しい、言葉達もたくさん、たくさん戴いたから。




樸(あらき)のお迎えに行った際に、ずっと行ってみたいなって思っていたお店に。

思わず買い求めてきました。

    sakurasaku グラス.jpg

       sakurasaku glass.jpg

ちょびにね。
ちょびは執事の中で、このさきずっと、もうどうやっても、この花と切っても切れないから。


これからさくらが咲く北の国。
樸(あらき)はその北の国からやって来たコ。


まだきっとつぼみが固いであろう北の国のさくら。


あなたからのさくらの便りを待っています。
さくらとともに訪れてほしいと願いながら。



そして、図らずも、同じ種で、同じ名前の命が残されている北の国を
思いながら、
樸(あらき)と精一杯、向き合ってゆこうと思います。


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強くありたい。
たとえ、どれほど、心が痛んでも、
そうありたい。
そうあらんことはとても厳しいことだけれども。

モノ言わぬ
先など考えずあらん限りの力で生き倒そうとする命と
向き合う限り、人として強くあらねばならぬと思う。



優しくありたい。
たとえ、どれほど、心がすさんでも、
そうありたい。
そうあらんことはとても難しいことだけれども。

モノ言えずとも
ただそこにいるだけで救いとなる命と
向き合う限り、人として優しくあらねばならぬと思う。


そう、ありたいと思う。

人として強く優しくいられぬならば、
ましてやモノ言わぬ、モノ言えぬ命にそうあることなど
出来はしないのだから。

せめて、そうあらんと思うことだけは
放棄せずにいたいと思う。

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にほんブログ村 犬ブログ 老犬・高齢犬へ思えば、ちょびは強いコで、優しいコだった。
突き抜けたKYだったケド顔(イヒヒ)
はてしなく我が道を行くコだったケド顔(汗)
そんなちょびが大好きだった。
犬ながら、なかなか見上げたもんじゃいって思ってた。
今も変わらず、そう思っている。これからもずっとそう思うだろう。

ご存じでない方いらしたら、ぜひ見てみて下さい。コチラ
ちょびと執事の歴史そのものって思ったよ顔(イヒヒ)
やるじゃんっ、東京都。あたしはやったぜ!東京都顔(イヒヒ)
↑って東京都に言ってどうする顔(笑)
ニックネーム 執事 at 04:55| Comment(21) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする