2007年07月29日

やる気なちょび(いつもね)ビビリの執事(ほんとはね)

このブログを始めて約半月。
お陰さまで、いろんな方たちに見ていただき、
たくさんのコメントを頂戴した。
そして、その中のお一人であるとうこさんとは
実際にお会いすることまでできた執事。

ありがたいなぁ・・・と心底思う。

1人と1匹暮らし、しかも動きの鈍い、反応悪しな老犬。
多くの犬ブロガーさんのわんちゃん達みたいに日々のネタになるような事は
何一つない、繰り返しの毎日顔(汗)
べったり張り付くちょびをホントに愛おしく思う一方、
変化は衰えしかないちょびとの生活はやはり執事の心に
閉塞感を生じさせた。

そんな中で始めたこのブログ。
面倒くさがりの執事だが、思いのほか楽しく続けることが出来た。
いつもと変わらぬちょびの仕草もカメラを通すことで新鮮だったり、
『いつものアレ、やってくれよぉ!』と何故かカメラを構えると
やってはくれないちょびを追い回したり。
これもあれもと書きたいことリストはどんどん膨らみ、おもわず
先にカテゴリーだけ作っちゃったりして顔(イヒヒ)
記事0表示のカテゴリーにお気づきの方、いらっしゃるかもしれません。
いずれ書こうと思ってますので、その時はよろしく手(チョキ)

コメントを通じ、何人かの方とやり取りをさせて戴き、記事では
伝え切れなかった
執事なりの意見を伝えさせていただいたりもした。

老犬の老化は仕方ない。飼い主が出来るだけのことをして、ある意味
こんなもんだとかしょうがないとおおらかに、ちょっとでもそんな老犬との
楽しかったり、幸せだったりする時間を飼い主も味わおうよるんるんと。

これは本当に執事の本心だ。

でもいやがらせチッチにブチキレたり、立てないちょびに涙したり、
どこまでもいつまでも果てしなく付いて回るちょびにいい加減にしてくれと
疲れ果てたり、深夜歩き回るちょびに寝かせてくれぃと頼み込だり・・・もまた現実だ。
寝たきりな訳でもなく、まだ歩ける、見る限り元気なちょびだが(だから?)、
実際一緒にいる執事の生活は少なからず、ちょびに振り回されている。
外出中はずっと徘徊しているらしく、帰宅すると呼吸は荒く、
へたするとチアノーゼが出てるし、足なんかヘロヘロ。
しかも緊張や不安からか留守番中は水を飲まないことも分かった。

この状態、非常に心臓発作を起こす危険性が高い。
発作が起こった時には直ぐにニトロを与え、酸素吸入させながら、
即刻病院に行かねば、ちょびの心臓の状態ではほぼ命は助からない。
しかも執事家から病院までは30分。ギリギリの時間なのだ。
だから先生からは発作が起こったら即電話するように指示を受けている。
ちょびを運ぶ30分の間に、準備万端整えて待機するからと。
“お風呂とトイレ以外の時間なら繋がるから”と笑って先生は緊急連絡先を教えて下さった。
通常、先生は時間外は留守電対応の折り返し連絡しか受けていらっしゃらない。
その御厚意は心底ありがたかった。しかし、それだけ時間との勝負なのだと認識させられた。

そんな状況が分かっていても、ずっとちょびに付いててやるわけにはいかない現実。
ある程度自宅で仕事ができる自営業とはいえ、どうしたって外に出なければいけない時もある。
長時間の外出を要する仕事は諦めるか、先生に預かってもらってやりくりするしかない。
預かりは時間の制限から、朝イチや夕方の仕事は送迎が間に合わない。
必然的に昼前から午後半ばの限られた時間での外出となる。
それでも時間が足りない時には、可能であれば先方に無理を言い、
出来るだけ執事の移動時間が短い場所での打ち合わせをお願いしたり。

日常生活の買い物などは、24時間営業スーパーで、
深夜ちょびが熟睡してから済ませている。

そうやってやりくりして、2時間程度の外出はちょびを置いて行くのだ。
なにもありませんようにと祈るような気持ちで、でも帰った時に最悪の事態もありうると
ちゃんとお別れをしてから出掛けるのだ。
自分の身支度の時間が足りずとも、これだけはちゃんとする。執事が後悔したくないから。
でその執事の行動がおもいっきりちょびの『分離不安』を増長させる原因になっている。
最悪である。。。

分かっちゃいるけどやめられないっるんるん てやつだ。

ただ幸いなことに、ちょびの病気の治療に関しては、今の執事に迷いはない。

*麻酔が必要な治療はたとえなにがあろうともしないこと
*ちょびの負担が大きい処置は基本的にしないこと
*ちょびのQOL(クオリティーオブライフ・生活の質)を最優先させること
*安楽死という選択は執事にはないこと   
等の方針は8歳以降の9年間の先生と執事とちょびとの関係の中で
徐々に確固たるものになったから。
 
よく聞くQOL。実は執事は学生時代にこのQOLについて学んでいた。
人の医療現場でのQOLを考える『生命倫理』という分野。
QOLは人それぞれであり、『自己決定権』を持って選択・行使すべきである
という考え方の学問。
そんな基礎もあったので、ちょびの治療方針にぶれや迷いはほとんどなくこれまでやって来た。

だが治療に関しては迷いはなくとも、やっぱり老犬との生活は不安や迷いだらけだ。
ちょびはしゃべれない分『自己決定権』は多分に執事の意思に拠るものとなる。
(もちろん、先日の低反発マット拒否のような行動による自己決定権は
バッチリ行使してるちょびだけど顔(汗)
だからちょびのQOLはちょび自身の選択というより、
執事が“ちょびの犬生こうあって欲しい!”というエゴだ。
それがわかってるからこそ、不安で、迷うのだ。
執事の選択をちょびがどう思うかは永遠に分からないから。

答えは見つからない。きっとずっと見つからない気がする。
8歳までのちょびに対する後悔はこれまでもこれからもずっと消えない、と思う。
でも、そんな中で少なくとも、ちょびと別れるその時に
“執事、精一杯やりました”と言い切りたい。




ただそれだけだ。



桜.jpg

今年の春に桜咲く近くの公園でいちごを召し上がるちょびと給仕する執事。
幸せな時間の思い出の一コマ。
ちなみにいちごはちょびが自分で背中のリュックに入れて
背負って行ったんですわーい(嬉しい顔)


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でもバナーは貼っておいたりする顔(ペロッ)
ニックネーム 執事 at 09:42| Comment(7) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする